混雑する連休、少し肩の力を抜いてみる

今年の秋の連休、いわゆるシルバーウィークには、カマスやタチウオを狙う釣り人で釣り場が混雑することが予想された。
もっとも、これは今に始まったことではない。秋になれば魚の活性が上がり、釣り人も自然と増える。人気の釣り場なら、釣座の確保が難しくなるのは毎年のことだ。
そこで今回は、少し考え方を変えてみることにした。
釣り座が空いていなければ、あっさり諦める。空いていれば竿を出す。それくらいの気持ちで釣り場に通ってみたのである。
以前は「隙あらば」と、空いている釣座を虎視眈々と狙っていたものだ。ところが、肩の力を抜いてみると、意外にも釣りができる日があり、釣果もそこそこ付いてきた。
「ジジイになれば、ジジイなりの釣りの楽しみ方があるものだな」
そんなことに気づかされた秋でもあった。
人気の釣座はやはり沖寄り

行きつけの釣り場で、まず人気が高いのは沖寄りの水深がある場所だ。この辺りはタチウオが狙える確率も高く、若者グループが連絡を取り合い、協力して釣座を確保している。
昼夜を問わず泊まり込みで釣り場に通う人たちもいて、連休ともなれば、なかなか賑やかな光景が広がる。
次に人気なのは、先端から少し丘側に寄った辺り。私たちジジイグループも、よくこの周辺に紛れ込んでいる。
ただし、ここも簡単に釣座を確保できるわけではない。普段なら時合いの少し前に到着すれば十分だった場所でも、連休にはかなり早い時間から場所取りが必要になる。連休の中日で天気まで良ければ、釣座が見つからないことも珍しくない。
この辺りでは、タチウオは時合いにポツリ、ポツリ。一方、アジやカマスは沖寄りの先端付近と、それほど変わらない釣果が期待できる。
混雑していても人気があるのには、それなりの理由があるというわけだ。
岸壁の中央部にも思わぬチャンス
ところが、少し意外なのが、さらに湾内の奥へ入った岸壁の中央付近である。
ここはタチウオ狙いの釣り人から、あまり注目されない場所だ。もちろん、タチウオの大群が接岸すれば話は別。岸壁のどこにいても爆釣に恵まれることがある。
しかし、そんな情報が広まれば、状況は一変する。好釣果が何日か続けば、たちまち情報が拡散し、釣り場は黒山の人だかりになってしまう。
特別な状況でもない限り、この時期の中央部は、ほどほどの人気に落ち着いている。
ところが、カマスやアジを狙うなら、ここにも面白さがある。
沖寄りでタチウオの活性が高まると、その影響を受けるように、カマスやアジの群れが湾奥へと寄ってくることがある。そのタイミングにうまく当たれば、思いがけない爆釣に出会えるのだ。
人気の釣座に入れなかったからといって、必ずしも釣果まで諦める必要はない。むしろ、人があまり注目しない場所だからこそ味わえる楽しみもある。
これもまた、釣りの面白いところである。

秋が深まると湾奥が熱くなる
さらに奥へ進むと、岸壁中央よりも湾奥に近い場所がある。
普段、釣り場が空いている日には、のんびりとチヌを狙う釣り人が竿を出している辺りだ。
ところが、これから秋が深まっていくと、この場所はカマス釣りで熱い釣座へと変わっていく。
その理由の一つが、魚の動きにある。季節が進むにつれて、青物などの捕食魚に追われたカマスが湾奥へと追い込まれてくることがあるのだ。
こうした状況で楽しむカマス釣りは、この釣り場では冬場の風物詩ともいえる。
もちろん、毎年必ず同じように魚が動くわけではない。それでも、季節が進むにつれて釣れる場所が変わり、狙う魚や釣り方にも変化が生まれる。
また、何かの拍子にアジの群れが湾奥に集まることもある。たまたまその場に居合わせた釣り人が、思いもよらない好釣果に恵まれることだってある。
どこで、いつ、何が釣れるのか。簡単には読み切れないからこそ、釣りはやめられないのだろう。
釣り場の魅力は一言では語れない

ここまで、行きつけの釣り場について、釣座の人気や魚の動き、季節による変化を書いてきた。
しかし、これですべてを語れたとは思っていない。あくまでも、私が見てきた釣り場の一部分にすぎない。
同じ場所でも、人によって感じ方は違うだろう。長年通っている人なら、私とはまったく違う釣り場の表情を知っているかもしれない。
季節感についても同じことがいえる。今回書いたのは、秋のほんの一瞬の様子である。これから季節がさらに進めば、魚の動きも釣れる場所も変わり、また違った景色を見せてくれるはずだ。
若い頃は、少しでも良い釣座を確保しようと気持ちが先走っていた。しかし、今は空いていれば竿を出し、駄目なら潔く帰る。そんな気楽な釣り方も悪くないと思えるようになった。
釣果を追い求める楽しみもあれば、季節の変化を感じながら釣り場を歩く楽しみもある。思わぬ場所で魚の群れに出会う喜びもあれば、釣り人たちの賑わいを眺めるのも、また一興だ。
「釣りは奥が深い」
そんなことをしみじみ感じさせてくれるのも、秋という季節のなせる技なのだろうか。
そして今年の秋も、変わらずこの釣り場に通うことになるのである。