「今朝はよく釣れた」という話

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街中(まちなか)とか買い物途中とかに釣り場での知り合いに会うと「今朝はよく釣れた」という話を聞かされることが度々あります。たいてい「昨日釣れた」や「今朝釣れた」という話を聞いて翌日に駆けつけても肩透かしを食らうことが多く、私は「釣果は上向き加減かな?」程度に捉えるようにしています。

こんな話を先輩にしてみたら大いに賛同してくれて「そういう話の数なら負けることはない!」と過去の空振り経験を数多く披露してくれたものでした。その上でまとめとして「明日もまた同じように釣れるなら情報を漏らすわけがない筈」釣れるか釣れないかが分からないから披露するわけで貴重な情報を誰かに話してしまえばその釣り場は翌日から超満員になってしまうからです。

身近な釣り場の釣果情報はすぐに拡散してその(情報の)価値は瞬く間に霧散してしまいます。常にいい釣果を上げている人たちはこまめに釣り場を巡回して少しでも釣れる兆しがないかと自分の目で探していますし、前年や近年の時期的な傾向を熟知して先取りした釣りの準備も怠らないようにしているようです。「機先を制すること」常に一番乗りを目指して行動することが、丘ッツパリの釣り場でいい思いをすることへの近道と言えそうです。

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待ちの釣り

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私たちが楽しんでいる釣りは、丘ッツパリの釣りです。即ち船で魚群を追いかける船釣りと違って基本的に魚が向こうからやって来るのを待ち構える釣りです。待ち受ける場所によっては効率よく釣れるポイントとそうではないポイントがありますがどちらにしても「魚が来てくれて初めて成り立つ釣り」なんですね。

海の色が変わるくらいに大きな群れが接岸したときはその近辺なら多少の釣り座の優劣があってももれなく釣果に恵まれるわけですが、そんな幸運は滅多にないことで「特に近年は魚の群れも小さくなった」とベテランが嘆くように魚群が接岸したとしても期間が短く規模も小さくなっていると言う事です。しかも年を追うごとにその傾向は顕著になっているとか・・。

まさに釣り好きにとっては心細い限りですね。こういう状況ですから余計に「釣れている情報」は貴重なわけで、わずかな釣果に日々一喜一憂している釣り師ほどその情報の重要さがわかりきっているというのは、容易に理解できることです。

季節や天候や海況

日々岸壁や釣り場を見て回っている人たちは「今日は波が穏やかだ」などと漫然と海を眺めに来ているのではありません。彼らは「そろそろ・・が釣れるはずだからその兆候はないものか?」と次の釣りの兆しを見つけに来ているのです。そして目指すのは一番乗りです。

どんな魚の群れにせよ接岸の一等はじめは魚もなりふり構わず荒食いしてくるもので釣る方も思わぬ大漁に驚くほどのものです。「なんでこんなに釣れるの?って程に」です。「なりふり構わず」というのもその通りで少しくらい仕掛けが変でも問題なく食ってくることがよくあります。「餌もバケもついていないただの針にくいついてきたり」とか。

それほどに「一番乗り若しくは接岸の初期に釣行すること」は重要で、季節や気候や海況の変化に敏感に反応して釣行の準備を怠っていない筈です。ま、釣り以外には目立った趣味や楽しみも持たない人も多いので、それほど一途になれるわけですが、逆の言い方をすれば釣りにはそれほど夢中になれる魅力があると言う事でしょうか。

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幸運な人たちも確かにいる

ほぼ毎日釣り場の様子を見に行ってタイミングを探っている人もいれば「釣りにでも行こうか?」と出かけてくる人もいます。「釣りにでも・・の人たちにも」彼らなりに釣りに対する情熱や経験もあって話し始めたら止まらない人も少なくありませんが、その一つの釣り場に関しては毎日巡回しているベテランには敵うことはないはずです。

なのに釣りの神様は気まぐれなもので「釣りにでも・・」とやってきた人たちに爆釣の幸運を簡単に与えてしまうことがあります。そしてそんなことは休日に起こることがままあって「毎日熱心な地元のベテラン」は「休日は人出が多くて釣りにならないから」と釣行を控えてたりするんです。

ベテランにしてみれば「楽しみに残しておいた料理の最後の一口を落としてしまうような出来事」ですよね。釣りの神様というのは気まぐれなものです。ま、爆釣を逃したベテランは翌日には挽回を期すわけですが、悲しいかな昨今は先に書いたように爆釣が幾日も続くことが少なくなって「良いところだけをたまたま来ていた釣り人に持っていかれて」悔しい思いをすることもありがちなようです。

分かっていても

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「そろそろ釣れ始めるころだから頻繁に見に行っておいた方が良いな」と思いながらも別の釣り場に通っていたりとうっかりしている間にスタートダッシュに乗り遅れることが度々あります。私の場合。

釣りは情報が大事とわかっていても友人たちに連絡を怠ったほんの2~3日の間に爆釣があって「今日爆釣したのに何で来なかった?」と聞かれることもあります。釣れている最中に電話をくれる人も居ましたが僅かな時合の間に駆けつけることが難しいのもお互いにわかっていて最近は「今釣れている」の情報が入ることはあまりありません。

ま、行ける日には毎日でも釣行している私ですから「良い日」には必ず当たるはずなんですが、たまたま休んだ日にその「良い日」があって「不運にも逃してしまった」という事が多いように思います。私の場合。

振り返ってみれば釣れない日にばかり釣りに行ってるような気がしますが「人混みを避けてのんびり釣りたい」という私の釣りスタイルがそのまま反映されているのかもしれません。「空いている日は釣れていないから空いている」当然と言えば当然ですよね。

年数を重ねれば身につくものもある

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釣れない日にばかり釣りに行ってるような私ですが、それでも年数を重ねればそれなりに経験も積めるようでのんびり釣っていても良い釣果に出会える日もあります。腕前が上がるというほどの事ではありませんが、確かに段取りはよくなっているようには思います。

 

手返しも少しは早くなったと思いますし粘り強く釣り続けれるようにもなりました。また、長く釣り続けるだけでなく時合に沿ったメリハリもつけれるようになったかな?私の場合、サビキ釣りが多いのですが撒き餌の効かせ方の変化や状況に応じての仕掛けの選択も最近は少しずつ取り組めるようになりました。

 

サビキなら以前は初めから最後まで同じサビキで釣っていましたが、この頃は夜明け前や夜が明けてからのサビキは別の物を使ったり、海水の濁りに合わせて交換したりしています。コレもやり始めたら効果があったりなかったり、迷い始めて迷宮に迷い込んだりと奥が深いものです。

 

思うように釣れても釣れなくても自分の釣りスタイルに合った釣りができればその日は気分が良いものです。その上に釣果が付いてくればなお結構。
釣り場に行って竿さえ出していれば何かは釣れるものです。
もちろん餌も必要です。

 

では、また。

 

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