「秋刀魚」と書いて「さんま」一番おいしいのは「いつのサンマ?」

ああサンマ、サンマ辛いか?ショッパイか?

私の記憶、殆ど間違いですよね。

私も和歌山県人ですが、

このように「佐藤春夫の秋刀魚の歌」を間違って覚えていました。

正しくは

さんま、さんま さんま苦いか塩つぱいか。」なんですよね。

しかも作品はこの1節だけではなく

もっと長くてこの部分は後半の一部分なんです。

佐藤先生ごめんなさい

詩歌〈1〉 (定本 佐藤春夫全集)

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サンマの丸干し

佐藤先生の詩にある

「サンマ」は「焼いたサンマ」でしょうし、

先生は東京暮らしが長かったと思われますので

脂ののった所謂「秋刀魚」が登場しているのだと思います。

ただ先生の出身が

和歌山県の新宮市」なので、もしかして紀州名物の

サンマの丸干しの事だったのか?」と想像をめぐらしてしまいます。

戻りサンマ

冬から春へ、海水が温まりまじめたころ

「サンマ」は北の方の生育海域に移動を始めます。

北の海で脂肪を蓄えて太ったサンマは

「秋」になって水温の低下とともに産卵場所へと南下してきます。

そして、南下とともに脂肪分が抜けて痩せていきます。

熊野灘周辺では、晩秋から初冬にかけてこの

脂肪分が抜けて痩せたサンマ」が獲れます。

これを「戻りサンマ」と呼び紀州名物の

「サンマの丸干し」「サンマ寿司」「サンマなれずし」

に欠かせない素材となっています。

聞いた話では、

スーパーとかの量販店用のサンマ寿司の寿司ネタは

「戻りサンマ」では数が足りず、

また1年じゅう供給するために

脂ののったサンマをわざわざ一旦冷凍して油を落として」から

仕込みをしているということです。

目黒のサンマ

落語絵本 六 めぐろのさんま

落語のことです。

三代将軍の徳川家光(1605〜1651)

鷹狩りに出かけて目黒の茶店で食事をしたときのこと。

茶店の彦四郎さんは、

自分の夕食用だったサンマ?を焼いて家光に出しました。

普段は、骨も皮も無くて家来が身だけにした

「サンマ」を食べていたのでしょう?

「脂ののった旨いサンマ」に感激した家光が彦四郎さんに

「茶店から見える限りの土地を進ぜよう」と言ったが、

彦四郎さんは辞退しました。

さんまは目黒に限る」と言ったというのは後々の作り事だということです。

有難いことに

現代の私たちは、輸送手段や冷凍技術も発達して

身近に離れた産地のものが手に入ります。

またインターネットによって

様々な調理方法を知ることができます。

初夏の「サンマの刺身」も初秋の「サンマの塩焼き」も

初冬の「サンマの丸干し」も望めば手に入る時代です。

徳川家光が将軍であっても願ってまでも食べたかった

「目黒のサンマ(たぶんサンマの塩焼きの事でしょう)」も

自宅で焼いて食べれるんです

しかも家光よりも新鮮な「サンマ」をね。

佐藤春夫

佐藤春夫なら「脂ののった秋刀魚」も

紀州の「サンマの丸干し」も食べたことがあったでしょうから、

冒頭の「サンマ サンマ の詩」は、

どちらのサンマを指したものかな?

と言うところから書き始めましたが、

あはれ 秋風よ

青き蜜柑(これは、現在ならスダチかな?)

どちらにしても「冬」では無くて「秋」の事ですから

サンマは「秋刀魚」で脂ののった秋のサンマだと思います。

おそらくお話の舞台は紀州では無かったのですね

話のついでに

さんまマーチ

話のついでに「嫁さんがスーパーに行く」と言うので

昼ごはんに「秋刀魚」を頼みました。

おりしも北海道の地震で流通が滞ったようで

前回買った「旬のサンマ」が

1尾99円だったのに1尾150円まで高騰していました。

嫁さんもずいぶん迷ったらしいのですが、

私が「是非に」とお願いしていたので奮発してくれたようです。

お昼に塩焼きでいただきます

ちょうど頂き物の「スダチ」もあるし。

では、また。

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