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おかず釣り師が行く!「カマス掛け カマスの気持ち 人知れず」

今回は行く気満々でこの日を待ちかねていましたが、情報では「木曜は砂利運搬船が入港接岸する」とのことです。最近は暗いうちには釣れていませんので、砂利運搬船云々となれば、おそらく夜明け後の時間帯がアウトになるでしょうから、準備したうえでの撤収は御免こうむりたいので、いつもの岸壁を見渡せる北東側の漁港に釣り場を移してのサビキ釣りとカマスのギャング釣りです。

元々カマスのギャング釣りは、此処の釣り場での釣りを想定したものですので、本来の釣り場での釣りになりますが、鰺のサビキ釣りはとりあえずは深い方の本日砂利運搬船に塞がれている方の波止場で釣りたい釣りですので、私にとっては若干目的違いの感はぬぐえないものとなっています。

更にただでさえ浅いこの漁港の水深が今朝は夜明け前が干潮となっていて、3~4mもあればいい方というくらいの浅さになってしまっていますから、豆鰺は望めても刺身に出来る大きさの鯵は望むべくもありません。と、なれば長い竿で餌の準備まで必要なサビキ釣りがサブで短い竿で餌など使わない引っ掛け釣りが勢いメインの釣りになるようです。

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意外に釣れたサビキ釣り

今回は夜明け後の早朝が目的の時間帯の釣りですが、なるべくいい釣り座での釣りを望むなら、少しでも早い時間からの場所取りが必要になります。此処は例年に無くカマスの餌釣りで最近まで賑わっていたとか?そのころ斜め向かいの岸壁に通っていましたから、賑やかに集魚灯が焚かれているのを見覚えていました。

その賑わいは、おそらくカマスの餌釣りに集まった釣り師だけの賑わいではなくて鰺釣りに集まった釣り師の賑わいも加味されていたのだということを今朝になって気づくことになるとは思っても見ませんでした。その名残なのでしょうか?夜明け前から豆鯵が釣れ始めて夜明け頃からは、

刺身サイズも稀に混じるようになって明るくなってからはマル鯵に変わりましたが一通りの時合いがありましたから、この鰺釣りを楽しみに通ってきていた釣り師が居ても不思議ではない気がしました。恐らくピークのころには釣れ始めから釣れなくなるまでが今回よりも良いボリュームであったことは想像に難くありませんからずいぶん楽しめたことは間違いないでしょう。

カマスも口を使わなくなって

先輩の話だとカマスも紀伊水道南下の行程で此処の湾にも回遊はしてくるが水温が下がれば摂餌しなくなって「所謂、口を使わない状態」になるらしい。彼らも生き物だから全く何も食べずに泳ぎ回れるわけはないので何かを食べて命を繋いでいる筈なのだが、私たちが準備できる種類の餌ではないようで「寒期のカマスは口を使わない」というのが常識のようになってしまっています。

その常識の上で考え出されたのが「カマスの引っ掛け、ギャング釣り」です。以前にも書きましたが、カマスが紀伊水道南下の道すがら此処の湾にも回遊してきます。そのカマスを狙って大型のフィッシュイーターが待ち構え、湾の入り口付近で狩りをするため湾内に一時的に閉じ込められた状態になって、最終的に此処の漁港の中をぐるぐると泳ぎ回る状態になるんですね。

そのカマスを丘にいるフィッシュイーター=人間が引っ掛けて釣りあげてしまうんです。ただ、その辺を群れで泳ぎ回っているカマスを闇雲に引っ掛け針の付いた仕掛けをシャクリにシャクって引っ掛けるんですから、釣り人の努力も並大抵ではありません。カマスの群れがまだ大きい頃は良いでしょうが、少ない群れに成ったらほとんど何もいない海中をただしゃくるだけの釣りになってしまいます。寒い冬場だからまだやれますが、これが暑い夏の最中なら・・想像したくもないことになりそうですよね。

今朝はほとんど何もない海中を引っ掻き回すことに

「ほとんど何もない」ということはありませんでした。鯵は居ましたが、カマスの魚影はかなり薄かった。名人の私の友人が2~3尾。先輩が0尾、私が辛うじて1尾でした。ほかにもカマス釣り師は何人かいましたが、私たちよりはるかに条件のいい(=早くから場所取りしていた)釣り座にいた釣り師たちでも複数尾を釣った人は数えるほどだったと思います。

 

「まさに何もない海中を大勢の人間がカマスを探し求めて引っ掻き回していた」事件・・ということになるのでしょうか?カマスにしてみれば「喰いついてやろう!」なんて気はサラサラないのにただ平和に泳いでいたらいきなり引っ掛け針で引っ掛けられて釣り上げられてしまうという何とも残酷なことになりますよね。

 

「餌に喰いついてやろう!」となれば生存のためとはいえ、僅かでも相手を襲って食べてやろうという攻撃の意思がありますが、引っ掛け釣りはその意思にかかわらず引っ掛けてしまいます。人によっては「あれは釣りじゃない!」と言い切る人もいるくらいで、私もクジラの捕鯨に似た感覚を少しは覚えますが、網で獲る漁業も魚の意思には関係なく問答無用で獲りますから、同じことなのかもしれません。そもそも魚の気持ちなんて考えてみること自体が「八百万の神々・・」の日本人独特なものかもしれませんね。貴方は、どう思います?カマスの気持ち。   

 

では、また。

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